もしも、人生に色があるなら

こんにちは。

今日は土曜日だったので、恒例の食っちゃ寝に打ち込みました。や、土鍋いっぱいを一人で平らげるって、なかなか大変ですよ。おかげで外出の予定も明日に繰り上げです(笑)……負けてなんかないやい


そんなこんなで、また日記でも書きます。日記って、「自分とのチャット」みたいですよね。ブログ始めてから気付きましたが、私の性にあってるみたいです、ありがとうはてな

今日のテーマは、タイトル通り「人生の色」です。メルヘンだな(笑) オチはたぶん「自分を大事にしよう、自分のことを喜び楽しもう」「日々そうあるための考え方を整理」になると思います。

実は、このテーマで書きたい方向が2つありました。ひとつは「自分ひとつの色のこと」、もうひとつは「多人数で共同生活をする際の関係のこと」。今回は前者で行こうと思います。


私は、人は自分の幸せを満喫するために生きるべき、と思っています。なので「しんどい思いを避けたくて」「世間体や恥を気にして」「他人をやっつけたくて」みたいな考え方は好きではありません。自分とまず向き合って、自分のために生きる、それが人生の核だと思っています。

その上で、なのですが。
社会の上で生きる、となると「自分の背景色」ってありますよね。主に性別、年齢、肩書きから来る「この層なら、こうだろう」という、社会からの割り当て。私の場合は、男性、独身、そろそろ40歳、ずっと会社員IT技術職、というところから「ちょっとイマドキのヒト、ビンボーではなさそう、そろそろ人生決まるタイミング。結婚しないの?」といったところでしょうか。
こういう「自分が立っているところの背景が見えている」というのは大事だと思います。

そこをわかった上で。
「実は自分は、こういう色の人間なんです!」という自己主張が、やっぱりあります。自分の背景色にぴったり溶け込むことを目指す人もいれば、そこであらためて自分の個性を見出そうとするヒトもいるわけで。私は、後者の方なんですね。

私は、いくらか変わった人間です。高校のクラスに一人はいる「ちょっとヘンな子」って奴です。ヘンなのだけれど、クラスにはいられる、そんなタイプです。これが私の人間性、本性ってやつでして。

私は、そんな私を気に入っています。やっていて、見ていて楽しい。またそんな私と付き合ってくれて、そばに置いといてくれる、お付き合いのある方々、ホントにありがとうございます。幸せです。

そんな、今が幸せの私なのですが。
どうもまた、背景色が変わっていくようです。
いわく、40過ぎるとさすがに若者ではない、仕事も厳しくなり失敗すれば立ち直れない、転職も難しいぞ、老後はどうするんだ、などなど。「灰色のハードモード」にこれからシフトしていくそうで by 世間。


えー、やだなぁ。

私はこれからも私なわけで。好きなことやっていきたいし、気まぐれでヘンなわき道通りたがる性分を無理に直したりしたくないです。
はじめに言った通り、私は私の幸せを満喫したい。でないと死ぬ間際に「やっぱりもう一回人生やり直させて!」とか言い出すはめになりかねない。

なので、これから意識して「背景色に染まっていない、けれどケンカもしていない色」を出していこうと思います。これが私の生存プラン。「ちょっとヘンな奴」ポジションって、いいよね。

自分の背景色は周りの都合で設定されるのだから、それを読んだ上で、私は私の色を出してその舞台に居場所を確保していたい。背景に呑まれず、振り落とされず。

要は「うまくやっていく」ということですね。うん、一言でまとまる話だった(笑)


いつまでも「えー!もっと若いんだと思ってました!」と驚かれるおじさんでいたいです。見た目も言動も。